フランシスコ・スアレスは中世の思想家か近代の思想家か?
- Victor Sales, “Francisco Suárez: End of the Scholastic ἐπιστήμη?” in Francisco Suárez and His Legacy: The Impact of Suárezian Metaphysics and Epistemology on Modern Philosophy, ed. by Marco Sgarbi, ed. (Milano: Vita e Pensiero, 2010), 9-28.
中世と近代の狭間とも呼べる初期近代(1500-1650)という時代を扱う思想史においては、様々な思想家や概念が近代の端緒といわれてきた。なかでも常に多くの思想史家の注目を集めてきた思想家に、フランシスコ・スアレス(1548-1617)がいる。ハイデガー、マッキンタイヤー、マリオン、ローズマンらは、スアレスに近代思想への移行をみた。近年では、ローズマンがUnderstanding Scholastic Thought with Foucault (1999)という研究書で、スアレスの思想の近代性を主張している。
それに対して、本論文の著者であるヴィクター・サラスはスアレスの「著述方法」(quaesto)、「一義性」(univocas)、そして「形相的概念」(conceptus formalis)という三つの重要な主題に注目することによって、スアレスの非近代性を主張する。
ローズマンによると、 スアレスは、方法論としてトマスの著作に見られるような質問とそれに対する解答をもって議論を進めていくquaesto方式を放棄したとされている。しかしサラスは、quaesto方式を放棄したのは、スアレスが初めてではないと論じる。15世紀以降のサラマンカでは、relectioという一つのトピックについて自由に著述する方式の伝統があった。また、『形而上学的討論』(Disputationes metaphysicae, 1597)の内容自体は、quaesto方式が擁する弁証法を用いているというのが、サラスの理解である。
では、ドゥルーズなどにも指摘される存在の一義性という概念においてはどうだろか。17世紀後半のスコトゥス派Bartolomeo Mastriや、1960年代に出版されたWalter Hoeresの研究によると、スアレスは存在の類比性ではなく一義性を主張しているとされる。しかしサラスは、スアレスの存在理解の根幹には、いっさいの存在が神という至上の存在に依存するという類推の構造があり、単純に一義性を保持しているとはいい難い、と論じている。
ただ、中世スコラ学との大きな違いもスアレスの思想にはあるというのがサラスの見解である。特に形而上学を構築する上で、スアレスは中世まで重宝されてきた、ものじたいを表す「形象的概念」ではなく、人間の精神内で思惟されるものとしての形相的概念を重視している。このことによって、思惟(cogito)から存在(sum)を引き出すデカルトにより近づいたといえるのではないだろうか。また、スアレスの影響をうけたプロテスタント・スコラ学者のTimplerやClaubergも、思惟されるものを存在するものとして、より近代的な思想を展開していったとサラスは論を閉じる。
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