深井智朗監修『ティリッヒとフランクフルト学派—亡命・神学・政治』

深井智朗監修『ティリッヒとフランクフルト学派—亡命・神学・政治』法政大学出版局、2014年2月、p.293+v+(33)、ISBN 978-4588010057、定価3,500円+税。


 思想を理解するには、思想家の文章(テクスト)を読むだけでは十分ではなく、文脈(コンテクスト)を理解しなければならない。これは使い古された台拭きのように繰り返しいわれてきた文句である。しかし、実際に思想の文脈を理解しようとすると、多くの困難に出会うのも事実である。困難の一つに、コンテクストの多様性の問題がある。その思想家の時代背景、影響を受けた著作、記した書簡、社会構成、すべて文脈である。では、どの文脈をみれば思想を深く明確に理解することができるのだろうか。その手がかりを本書は示してくれる。


 監修者の深井智朗氏がドイツに留学中、遭遇した神学研究の方法論には、対立する二つのものがあった。ひとつは、氏の指導教官であったグンター・ヴェンツ教授の、テクスト中心主義。もうひとつが、F.W.グラーフ教授の「神学史」(Theologiegeschichte)とよばれる同時代の社会、政治、経済といったコンテクストのなかでテクストを読み解いていくものである。双方に大きく影響を受けつつも、氏は「神学史」の学術的な有益性に開眼されていく。近年、この方法論を用いて、日本では特にテクスト中心主義的に読まれてきた19世紀後半から20世紀前半の神学者たちを、深井氏は精力的に読み直している。2009年に教文館から出版された『十九世紀のドイツ・プロテスタンティズム―ヴィルヘルム帝政期における神学の社会的機能についての研究』や、2012年に岩波書店から出版された『ヴァイマールの聖なる政治的精神――ドイツ・ナショナリズムとプロテスタンティズム』は、その成果の一部である。


 本書は、その「神学史」の枠組みの中で、バルトやブルトマンとともに20世紀代表する神学者のひとりであるパウル・ティリッヒ(1886-1965)と、第二次大戦後の思想に大きな影響を与えたフランクフルト学派の関係に光をあてたものである。両者の関係は、フランクフルト学派の遍歴を描き出したマーティン・ジェイの『弁証法的想像力—フランクフルト学派と社会研究所の歴史 1923-1950』(1975年、原書は1973年)でも触れられているが、日独の研究者が両者の関係にのみ焦点をあて、未公開資料の訳出をも含む本書は、神学・哲学研究者のみならず戦中・戦後の精神的な状況に興味を持つ人すべての必読書となるであろう。


 全体の内容として、ホルクハイマー、アドルノ、フロム、マルクーゼというフランクフルト学派を代表する思想家とティリッヒの関係に、それぞれ一章さかれており、監修者による45ページの序文とともに充実した内容となっている。ホルクハイマーとアドルノの章は、ミュンヘン大学で神学と宗教教育学を教えたE. シュトルムが、グラーフらが編集者をつとめる『近代神学史』に載せた研究報告を訳出したものであり、本邦初公開の資料が含まれている。フロムの章は聖学院で心理学を教える竹渕香織と深井が担当しており、フロムとティリッヒの書簡を含む。また、この章はドイツ語に訳され出版されるという。最後のマルクーゼの章は、クリスファーセンとグラーフの研究が訳されたものである。


 個人的に興味深かったのは、アドルノとティリッヒの関係である。アドルノの教授資格論文の指導教官であったティリッヒは、アドルノの才能を早くから見いだしており、最初は助手としてそして私講師として、アドルノをフランクフルト大学哲学部に採用した。晦渋な表現と難解な概念で構築されているアドルノの文章をティリッヒが正確に理解していたかは不明だが、二人の対話は双方の思想に大きな影響を与えたのではないだろうか。最初にフランクフルト、亡命後はニューヨークで開かれていた研究会/サロンでは、学問をやるものならだれでもその必要性を認識しつつも震え上がってしまうような忌憚ない意見と辛辣な批判が飛び交い、概念の不明瞭さや論の稚拙さが指摘されていたらしい。その一部がティリッヒの「宗教社会主義における人間と社会」(1943年)という論文と、それに対するアドルノの辛辣という表現が優しすぎるほどの応答(1944年2月)に垣間みることができる。しかしそれでも、二人は憎しみあうことなく親密な交流を続けていたというから不思議である。


 論集である性質から、重複する内容(特に伝記的記述の)があるものの、本書は「神学史」という方法論を使うことによって、思想は他者の思想とのぶつかりあいのなかに存在するものであるという事実を深く知らしめてくれる。このような研究が多く世に問われることによって、神学という思想の厚みを重層的に感じ、一人でも多くその面白さを味わうことができればと願うばかりである。

 最後になるが、翻訳に携わった小柳敦史と宮崎直美は、グラーフのもとで「神学史」の方法論を学んだ新進気鋭の研究者である。彼らのこれからの研究にも期待したい。


ティリッヒとフランクフルト学派: 亡命・神学・政治 (叢書・ウニベルシタス)

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  • 作者: 深井智朗,フリードリヒ・ヴィルヘルムグラーフ,エルトマンシュトルム,竹渕香織,アルフクリストファーセン,Alf Christophersen,Erdmann Sturm,Friedrich Wilhelm Graf
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2014/01/31
  • メディア: 単行本
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  • 作者: マーティンジェイ,Martin Jay,荒川幾男
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 1975/07/19
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