宗教と啓蒙思想

Simon Grote "Review-Essay: Religion and Enlightenment," Journal of the History of Ideas 75 (2014): 137–60.
https://muse.jhu.edu/login?auth=0&type=summary&url=/journals/journal_of_the_history_of_ideas/v075/75.1.grote.html 

 宗教と啓蒙思想。一見、水と油のようにみえる二つの概念。多くの人は、啓蒙思想は何かというカント的な問いを尋ねられたら、宗教や権威からの解放、と答えるのではないだろうか。そのような二項対立のなかで十七世紀後半から十八世紀前半の西洋思想史は理解されてきた。近年、本ブログでも何度か紹介したジョナサン・イスラエルによる「ラディカルな啓蒙思想」というテーゼが話題になっている。このテーゼはどのようなものであったか。イスラエルによると、十八世紀の思想的運動には、スピノザの無神論的な思想を諸分野に適用する「ラディカルな啓蒙思想」と、宗教や王・領主の意向に配慮しつつも前近代的な価値を淘汰していこうとする「穏健な啓蒙思想」の二つの流れがある。イスラエルは、近代に連なる啓蒙思想の系譜においては、後者は妥協の産物であり、スピノザの思想こそが真の啓蒙思想であると強く主張する。このイスラエル・テーゼについて各方面で賛否両論が巻き起こり、その理論的な決着はいまだにつけられていない。


 このレヴューで紹介されている四つの著作は、大枠ではイスラエルの「ラディカル」と「穏健」という二項対立を支持しつつも、近代にもたらした功績として宗教との共存を目指した穏健な啓蒙思想を高く評価している。本ブログで最近紹介したガウクロガーの『科学的文化の形成』にも通じるものがある。また、すこし古くなるが、そのあまりにも早すぎる死が多方面から嘆かれたエイモス・ファンケンシュタインの『神学と科学的想像力:中世から十七世紀』(1986年)にも、十七世紀の、いわゆる科学革命におけるキリスト教神学が果たした役割が描かれている。


 評者は、Sorkin (2008)、Burson (2010)、Lehner (2011)、Ahnert (2006) の近著を取り上げ、それぞれが主張する宗教とキリスト教が、啓蒙思想に果たした役割について紹介している。Sorkinの『宗教的啓蒙主義:ロンドンからウィーンのプロテスタント教徒、ユダヤ教徒、カトリック教徒』というタイトルで、宗教の果たした寛容や自由の概念への貢献を論じる。Bursonは『神学的啓蒙主義の興隆と没落:ジャン=マルタン・ド・プラデスと十八世紀フランスにおけるイデオロギー的対立』で、Bursonの研究では扱われることのなかったイエズス会に注目する。ド・プラデスは、ロックとマルブランシュに影響を受け、フィロゾーフに友好的な学生であったが、ソルボンヌのイエズス会士たちは自身の組織の特権をジャンセニストの疑義と攻撃から守るために、ド・プラデスを捧げものとした。この事件をきっかけに十八世紀のフランスにおいては、神学的啓蒙主義の影響力が弱まり、事態は二極化していくことになる、とBursonは論じている。


 Lehnerは『1740年から1803年のドイツにおけるベネディクト修道僧』で、リベラルな修道僧の啓蒙主義において果たした役割について記している。Ahnertは『宗教とドイツ啓蒙主義の起源:クリスチャン・トマジウスの思想における信仰と教育の改革』という書物で、従来、合理主義者として理解されてきたトマジウスの思想を再検討することによって、トマジウスの思想における宗教の重要性を明らかにしていく。


 これら四人の研究者の成果によると、啓蒙主義において宗教は重要な役割を果たしており、宗教の理解なくては、啓蒙思想の正確な理解をすることはできないとされている。イスラエルのテーゼは、啓蒙主義という汎ヨーロッパ的な事象におけるスピノザ主義の重要性を明確にした革新的な論考であるが、スピノザ主義に焦点をあてるあまり、必要以上に宗教の役割を低く評価している。「宗教」という概念を定義することほど、難しいものはないが、その難しさを考慮しても、実りある研究成果が約束されている視点ではないだろうか。


The Rise and Fall of Theological Enlightenment: Jean-Martin de Prades and Ideological Polarization in Eighteenth-Century France

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Enlightenment and Catholicism in Europe: A Transnational History

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