内村鑑三と天皇

先日プリンストンの歴史学科の集まりで「内村鑑三と天皇」というテーマで発表する。上智のマーク・マリンズ教授が先に発表して、その後に続く。論点は、内村の内包する二つの論理的矛盾。一つは、内村が、大日本帝国憲法を近代的立憲君主制を定めたものととったこと。簡潔に言えば、天皇の「聖性」を俗化させることなく、近代の立憲君主制はなりたたない。二つ目は、天皇自身の権威に宗教的な土台が必要不可欠だったことを、内村が儒教的観点に立ち続けたため、露呈することができなかったことにある。内村の掲げる「日本的キリスト教」の確立の内に、天皇の存在がさけがたくあった。補足だが、同様のことを、戦後に内村の弟子である南原繁や矢内原忠雄なども提唱している。天皇の持つ聖性を政治的権威の依拠とすることは、キリスト者にとってできない。皇祖皇宗という概念が俗化されることなく天皇とともにあるかぎり、天皇とキリスト者は対峙し続けなくてはならない。

この発表の契機は、一月に一時帰国したときに読んだ、佐藤優の『日本国家の神髄』(産經新聞社、2009年)である。プロテスタントととして、国家神道に帰依する人がメディアの注目を集めるという特異な時代状況に入った今、さけて通ることのできない問題である。

アカデミアでは忌避されていることが、ちまたに出回り、人の心をひくことがある。80年代以降に育った人間にとって、左翼の議論は骨身に沁みていない。もし、これからの若い世代が天皇を考えるとき、内包する「聖性に」ついて無知であるなら、悲劇は道化芝居になる。