書簡からみるネーデルラント・デカルト主義者たちの関係

Andrea Strazzoni, "On Three Unpublished Letters of Johannes de Raey to Johannes Clauberg" Noctua I.1 (2014): 66-103.


ルネ・デカルトは、ヨハンネス・デ・レイ(1620-1702)を自身の優れた理解者として認めていた。フェルビークのユトレヒトとライデンでのデカルトの哲学をめぐる騒動に関する研究が明らかにしているように、デカルトの哲学に惹かれた若く有能な教授や学者はいたが、彼らの多くが、レギウスの例に顕著にあらわれているように、必ずしも師の意思をくんでいる訳ではなかった。それゆえデ・レイの貢献をデカルト自ら認めていることは特筆に値する。


ヨハンネス・クラウベルクがデ・レイにライデンで直接指導を受けたのは、1648年の終わりから、1649年の夏までの短い期間であった。それ以前にクラウベルクは、フローニンゲンでトビアス・アンドレアイによってデカルト主義の薫陶を受けていたものの、当時出版された討論集や版を重ねることになる『オントソフィア』からは、デカルト主義の影響があまりみられない。ということはつまり、学期にすると半期のこの短い時間の中で、デ・レイの影響の下、クラウベルクはデカルトの物理学と形而上学を習得していたことがわかる。


本論文は、1651, 52, 61年にデ・レイからクラウベルクへ出された3つの手書きの書簡の分析を通して、当時最も影響力のあった二人のデカルト主義者の関係を明らかにするものである。1647年の2月から3月にかけて、ライデンの神学者ヤコブ・レヴィウスによって始められたデカルト哲学への容赦のない攻撃は、その年の暮れに市参事会によるデカルト哲学の禁止として実を結んだ。禁令のあとも、レヴィウス、アダム・スチュアート、キリアクゥス・レントゥルスによってデカルト主義は批判され続けることとなった。


クラウベルクの『デカルト主義の擁護』が出版されるのが1652年ということもあり、本論文におさめられた書簡は、デ・レイがライデンでは公の縛りがありできなかった反デカルト主義者たちへの批判を、クラウベルクの書物に託そうとする様子を明らかにしてくれる。アリストテレスの『問題集』(Problemata)を用いてデカルトの哲学を講義した『自然哲学の鍵』(Clavis philosophiae naturalis, seu introductio ad contemplationem naturae Aristotelico-Cartesiana)を、デ・レイが出版するのは2年後の1654年のことである。クラウベルクの『デカルト主義の擁護』の出版の後に出された二つ目の書簡からは、レントゥルスによってデ・レイがクラウベルクに宛てた手紙が傍受されていたことが明らかになる。三つ目のデ・レイの手紙は、興味深いことに日本生まれのペトルゥス・ハルツィンギウス(Hartzingius)を、クラウベルクが学長をつとめていたデュイスブルク大学の医学と数学の教員に推薦したものである。


これらの書簡に浮かび上がるデ・レイとクラウベルクの親密な関係は、両者の著作からはみることができない。それゆえ、明らかに一方の議論に影響を受けていると思われる箇所でも、明確な著作への言及がなされないことが研究者たちをこれまで悩ませてきた。しかし本論文の書簡が明らかにするように、二人は反デカルト主義者への共同戦線を張っていたことから、行政が関与している状況の中、関係を明らかにすることに慎重になっていたと考えるのが妥当であったと著者は主張する。また、3つの書簡と二人の著作の分析を通して、二人の卓越したネーデルラント・デカルト主義者の関係は、子弟というよりも共同戦線をはる同志とみることができる。このように本論文は、著作のみからは知ることのできない当時の知的文脈を、書簡を通して存分に味わわせてくれる優れた研究である。


Descartes and the Dutch: Early Reactions to Cartesian Philosophy, 1637-1650 (Journal of the History of Philosphy)

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Methodus Cartesiana Et Ontologie (Bibliotheque D'histoire De La Philosophie)

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